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日本山岳耐久レース ハセツネCUP

週末は「日本山岳耐久レース」でした。

◆このレースの存在を知った時は最も過酷なレースという認識で、それゆえいつか挑戦してみたいと夢みていました。実はもっと過酷なレースが色々あると後で知りますが、とにかく71kmも山の中をしかも夜通し走るなんて尋常じゃない…と。
そして変形性膝関節症の自分にとってモルヒネヒロポン必須の地獄の痛みが待ってるだろうと。

今年はこの日の完走の為に日々我慢してロードワークを積みました。
6月には100kmマラソンの完走で、多少の手応えも掴みました。

しかし前々日に今年一番の膝痛が発生し暗雲が立ち込めます。

◆当日、13時スタート。
夜間走を心待ちにしながら前半は黙々と山を登ります。

レースというのは沢山の参加者に囲まれているため、一人でのトレーニングと比べ精神的にはとても楽です。夜の山だからといって、暗闇に一人っきりというシチュエーションはそれほどありません。
常に前後に人の灯り、気配を感じます。列をなした時などは、連なる光がまるでお祭りの提灯のように賑やかです。

その為ライトの届かない暗闇の向こうに、あたかもキャンプ場のバンガローや自販機が立ち並んでいるかのような錯覚にすら陥ります。
一人で夜の山を走った時は、闇の向こうに得体の知れない不審者、熊や猪、霊がいるように感じて仕方なかったのですから、人間の知覚というのは如何に精神や感情に左右されるかということです。

◆このレースは補給食の提供はなく全て持参で走ります。給水も中間点で1.5Lだけしか貰えません。(その後、自然の水場はありますが)
それゆえ緊張感をもたらします。

そもそもトレイルランの、野生的、サバイバル要素、冒険要素、といった魅力がマラソンやトライアスロンにない、より自分の気質にマッチしている点ですが、逆に膝が悪いという点では体質的に最も合わない競技とも言えます。

◆ところで、自分は現代社会の通念しか知りません。
戦争が社会の常識だったのはほんの2、3世代前。暴力や死は身近でした。

今は史上かつてない過保護管理社会。

死が遠のく代わりに(錯覚ですが)食べる事が健康を害し、楽な生活習慣が身体を蝕むという。
暴力が遠のいたところで、セクハラパワハラモラハラなど言葉の暴力という観念が生まれ、人間の精神は弱体化しているという。
人生がより自由に選択出来る分、離婚、片親、都市型貧困が溢れる、守るべき優先順位への疑問。
情報にまみれ、体験する前から頭で知ってしまうがゆえに、体得体験が気薄な時代。
医学的常識も数年後にはひっくり返る目まぐるしさ。

無論この時代の価値観や常識や法を信じていませんが、平穏に社会生活を営みたいので面従腹背、というか過激思想は奥にしまっておきます。
本当は武士における切腹の精神、軍隊式体罰日本陸軍的な精神主義、目には目をの刑罰制度など、現代社会で悪とされる価値観、過酷な世界を生き抜くための暴力的な強い精神鍛錬に美を感じます。
そういう社会が良いという提案ではなく、一瞬一瞬生きるという事に強い執着を持てる環境への憧れであり、日々不完全燃焼でくすぶっている自分への嘆きに過ぎません。

そんなゴタクを並べる自分がどんだけ過酷さに耐えられるのかと、それを少しでも試したいという動機で過酷なレースを求めるので、決してスポーツを求めてはいません。科学的トレーニングや理論的レース戦術、タイムレコードなどは二の次です。

レース中嘔吐してる人、疲れ果て森の中でうずくまっている人などを目撃し、過保護管理社会の日常とかけはなれたシチュエーションに心踊ります。

そして苦痛は自分にも訪れます。

◆ようやく40kmの水分補給地点に到達。ここまでひたすら登山登山…ランニングじゃなく「登山」。同じ40kmでも今まで経験したレースとは疲労が全然違います。レースによっては6時間くらいで済む距離だとタカをくくっていましたが、10時間半もかかっているのはひたすら登りのせい。

燃料補給や寒さと小雨対策の上着着用などで20分くらい休憩しました。
さぁ残り30km!と再出発した途端、膝の痛みが来ます。長い休憩のせいで足が固まってしまったのです。全く坂を下りることが出来ません。
本来なら飛ばせそうな、道幅の広いフラット急斜面をヨチヨチ歩きで進む自分と、後ろから颯爽と下りてくる選手達のギャップ。劣等感に包まれ気持ちが萎えます。
まだ全行程の半分強。しかもこれからは下りメインで重力衝撃の連続。走り切れる気がしません。
リタイアを望む心の声…

しかしです、こんな辛いレースもう二度と出ない!と思ったとしても、今回完走出来なければ、必ずリベンジしなくては気が済まないことは目に見えています。
残り全部歩いたって制限時間的には恐らく間に合うはず。可能性が断たれていないのに自分から逃げるという選択はありません。

◆幸いその後、登りで脚が温まったからか、飲み薬が効いたからか、膝の状態は回復しました。

最後の大物、大岳山の急斜面をよじ登ります。
今日一番集中出来て楽しかったのはここから御岳山までの下りのランだったかも知れません。
先程の膝痛が嘘のように、斜面を駆け下りることが出来ます。
選手達の列に混じり引いてもらったり、自分が先頭で引いたり、劣等感のないひと時です。更に調子が出て集団を引き離し独走しました。

◆子供達とハイキングに訪れたことのある御岳山の参道に着きホットします。残り約15km、2時間以内にはゴール出来るだろうと終わりを感じたその直後、谷底に引きずり落とされました。
再度襲って来た膝痛は、もう薬を飲んでも遂に消えることはありませんでした。

木の枝を杖がわりにして進みます。
下りは膝への衝撃を避けるために後ろ向きで歩きます。
階段2段分程度の高さを降りるのに2、3秒かかります。

何人も何人も後ろから颯爽と抜いて行きます。100人くらいは。狭い山道、なるべく邪魔にならないよう道をあけることに気を使い続けます。
そして「大丈夫ですか?」「ナイスファイト」「あとちょっとでゴールです!」と励ましの声をかけられます。
ただ、その「後ちょっと」が…ちょっとじゃなくて果てしないのです…
1キロ進むのに20分もかかり少しもゴールに近づきません。下りなのに。

でも慣れてはいるので気持ちは冷静です。去年、30数キロのレースでも同じ経験をしました。

◆もはや何も考えず、ひたすら杖を付き歩く作業に徹します。その果てにいつか必ず終点が訪れる事は分かっているので機械となります。

つい2、3世代前までは日常だった戦争。
自分が戦場に身を置く場面を考えるだけで恐怖で逃げ出したくなりますが、しかしその様な極限における状態は今の自分のような意識朦朧として何も考えない状態、恐怖だの苦しみだのに鈍感になった状態、その延長上にふと自覚もなく死んでしまっているのではないか。想像してる程、恐怖も苦痛も感じずあっけなく。

そして死の瞬間において、自分の志を歩いているという自負のみが恐怖からの脱却の術だろうと。

多勢でいる時は暗闇の中に小屋や自販機などの安心出来る存在を感じ、一人でいる時には闇の中に得体の知れない生物など恐怖の像を感じたのと同様に、死の恐怖というのも自己の精神が肥大化させているのではないかと。
ゆえに自分の精神をコントロールし、己で己を始末する切腹は強い。

とにかく、いつしかゴールは訪れました。

◆ 未知の領域に踏み込む時の綱渡りはいつだって同じです。去年の15kmの初トレイルランも、今回の71kmのトレイルランも変わりません。

1年半前のハーフマラソンも同じく完走は未知の世界で、脚を引きずりながらビリから10番でゴールしました。

まだランニングを始める2年半前は日常生活で足を引きずっていましたから、そんな脚で走るなんてやめた方がいいという提言も受けました。
状態が悪化して最悪義足になっても後悔はないと思っていましたから、苦言を聞かず続けました。これから残りの人生死ぬまで走ることもマラソンを経験することもないという、もう一方の選択肢を考えれば、義足の選択も特別ではありません。

現実には更に悪化もしました。特にトレイルランでは、悪かった左だけでなく右膝まで痛めました。

ただ、成果というのは、日単位、月単位ではわからないもので、年単位で考えると確実に改善しているのがわかります。

日常生活で足を引きずっていた自分がマラソンを走れるようになり、100kmマラソンや71kmの山岳マラソンを完走出来た事実を持って。

その晩は随分唸り声を出してうるさがられましたが、1日経ったら回復していつもの状態になっているのには驚いています。

医学や常識や溢れる情報を信じません。精神主義が性に合います。

明日からまた走って治しますo(^_^)o